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ブータン・プロジェクト開始します。

 ブータン・プロジェクト開始します。

 福島民友新聞 朝刊社会面 平成25年11月3日(日)

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中外日報 新年の特集を拝見して

中外日報は、定評ある宗教界の専門紙です。
その、正月の記事から、年頭の辞をここに転載致します。
なお、記事の上をクリックすると、拡大します。字を大きくしてお読みください。


有馬ー河野_960



中島_960

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ブータンへ親愛の念をお持ちの方へ。特典が見逃せない年末年始のお知らせ+二条城現場写真

先週25日は晴天でした。
今年最後の二条城に行って参りました。


職員の方が、
庭園を案内して下さり、
道すがら、


「 すごいですよ、アオギリの前で観光客は、食い入るように見ているのです 」
こうおっしゃる。


何だろう?
どんなようすなんだろう…?



植えられた場所に着く。
すると―


実際にその通り。

アオギリの植えられている前に、記念プレートが設置され、
国内外の観光客は、前を素通りせず、
そこで立ち止まり、食い入るように見ている!


DSCF1818-20.jpg


DSCF1825.jpg


DSCF1832.jpg
京都市教育委員会制作寄贈。見ごたえのある仕上がりです。 拝観者は釘づけにされています!
なお、アオギリは対 で植樹されています。
被爆アオギリ里子運動  は、そのままネットで検索ください。概要が正しつかめます。




DSCF1828.jpg



DSCF1827.jpg
苗木のそれぞれの名前は―左手奥が、きょうとくん、右手奥が、あいづさんです。
今後共二人を、どうぞよろしくお願い致します。


本当に素通りしない!

そして、

食い入るように見ている。

やってみないとわからない。
やってみて初めて、
人の心にも触れられるのです。


二条城側も、
この絶大な啓発結果に驚いています。


継続が、現実味を帯びて参りました。
よって、来年度へ向けて、
第2回二条城平和の祭典―この立ち上げが始まったのです。




次に、
ブータン王国の件ですが、
会津高校でも、国王陛下のご返信を待ちわびているようです。


来年は、ブータン国へ行く事が決まっており、
絆を深めて参ります。


ブータンでは、世界遺産に申請して登録間近だった、
歴史的建物があるのです。
火災にまみれたと聞き及んでおります。


お見舞いをお渡ししようかと、考えております。
如何でしょうか?


東日本大震災の折は、
国王陛下を始め、ブータン国は、物心両面から、
更には、祈りからでも、日本に尽くしてくれました。



ほんのご恩返しを込めて、お見舞いをお届けするというのは、
良い事だと思いますが、ご賛同は如何でしょうか?


年末年始は、ユニセフなどの募金活動が盛んです。


そこで、
同じように、心ある方に募金を呼びかけ、お名前録を添えて、
お贈りしようと思っております。


先日訪問した二条城でも募金活動をしておりました。
それは、どのようなものなのでしょうか?
二条城修復の為でした。


『 世界遺産 一口城主 』
という名称で、御礼にステッカー等を進呈しております。



では、ブータン国お見舞いご寄付の方には、どうさせて頂きましょうか?
何を差し上げましょうか?

ちょうど季節柄、
新年の抱負が、喜ばれるのではないかと思っております。


なぜなら、抱負を申し込むと、
ブータン王国へ招待されるからなのです!
すごい特典です!


( ただし、返信用紙です )


ブータン国へは、

早ければ、3月までに第1回の出発を致します。
尚、『 新年の抱負 』は、只今発送中です。


まだの方は、ご請求ください。
choozenjiko@yahoo.co.jp

また、ブータン国お見舞いご支援の方がいらっしゃれば、
どうぞこの件を、お伝え頂ければと存じます。




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トンプソン先生の感動の話しは終わらず、それは日本にも。安積高校・鈴木先生から―

( これからの話しは、公開するものではありません。頂いた個人的なメールだったからです。でも、心温まる内容でしたから、皆さんと分ち合いたくて、ブログに出させて頂く事をお願いしました。鈴木先生の真摯なお気持ちを、お汲み取りの上、お読み頂ければ感謝です )



昨夜25日、
お許しを頂いたのでした。
そこで、感動したメールそのままを、分かち合いたいと思います。



まず私は、24日のクリスマスイブのお昼に、読者の皆さんにメール配信をするのです。
見出しは、
『 感動のお伝え、左藤滋光から― クリスマスイブのお話しのシェアです。』
トンプソン先生、という方のお話しでした。


良いお話しでしたから、
24日を意味あるものにして、有意義にしてもらおう―
そこで、日中のうちに、一斉配信し終わったのです。


そして次の日の朝、
( それは昨日の朝なのですが )
まだ送っていない人がいる事に気づいたのです。


でも私は、
ためらいました。


突然、
余計なメールを送って来た―

こう、
迷惑がられたりはしないだろうか?

でも、
良いお話なのだから―

思い直して、
送信したのです。


それは、一斉メール送信してから、一日が経っていました。
昨日の朝でした。
送信先は、
福島県郡山市安積高校の鈴木先生でした。
鈴木先生とは、
安積高校合唱部が接点であって、
あくまでも生徒に関する事のみなのです。


ですから、
それ以外の件で通信する、という事は、
気持ち的に私は、引いてしまいます。

更には、
このところ会津高校に肩入れしているようにも見えるかも…

いろいろ考え出すと、
逡巡してしまいます。


しかし、
良い事は良いのだ、
思い切って昨日朝、送信したのです。

そして昼2時頃、
ご返信が届くのです!

驚くべき内容でした。

なぜ、
驚くべき内容なのか?

お送りした西洋のお話し、何とそれにそっくりなご自身の実話!
その体験談が返信されて来たからです!
( 25日に送ったから、こうなった?! なぜなら、その前日に起きた出来事だった!)
あまりにも、出来すぎているではありませんか!!


直ぐに私は、
―驚きました。私だけのものにするには、あまりにも、もったいない―
昼2時44分折り返しメールし、

―ブログでご紹介させてください―
お願いしたのです!

昨夜、そのご承諾メールを頂く事が出来たのです!

皆さん!!

トンプソン先生の感動の話しは、終わらなかったのです。
続く日本の感動の実話に、出会えるとは。
( これがご縁というものなのでしょうか )
冷めやまぬうちに、感動に感動を重ねられている!
この年の瀬、
何と、豊かな心にさせて頂ける私たちでしょうか!

そう滅多にありません。
だから、
有り難く、
心を馳せて読ませて頂こうではありませんか!

原文そのままの、
鈴木先生の実話をお読みください。


本日は、素敵なお話をお送りいただきありがとうございました。
大変、感動いたしました。
実は、昨日市内で息子とともに買い物をしていると、
偶然にもかつての教え子に再会いたしました。


以前勤めていた高校の時に担任をしていた子だったのですが、
心配や苦労させる時もあり、
いろいろと指導をしてよく覚えている生徒でした。

その子は無事に高校を卒業して、
もう10年ほどになりますが、
結婚式にも呼ばれ、
毎年年賀状も出してくれています。


2人の娘の親としていろいろと子供のことでは苦労しているようですが、
愛情を持って子供の成長を見守っており、
人間的に大きな成長が感じられました。


このようなタイミングでの滋光さまからのメールでしたので少しびっくりいたしました。
また、いつかお会いできる日を楽しみにしております。
季節がら、どうぞお体にはくれぐれもお気をつけてお過ごしください。
お礼まで。


福島県立安積高校 教諭 鈴木和明




( 以下は、25日朝、鈴木先生に送信した文面です )


クリスマスにふさわしい話しが回って来ました。

心が綺麗になる、
きっと豊かになる、
ピッタリの話です。



「 トンプソン先生の話 」


トンプソン先生は、
小学校5年生のクラスを受け持つことになり、
初日に生徒達の前に立ち、

嘘をつきました。

彼女は生徒達を見渡し、

「 あなた達を全て同じように愛していますよ 」

こう言ったのです。

でも、それは不可能なことでした。

なぜなら、
最前列の席にうずくまっている
テディ・ストダードという男の子がいたからです。

トンプソン先生は、
その1年前から
テディのことを知っていました。

そして、
彼が他の子供達と上手く遊べないことも。


それだけでなく、彼の身なりはいつも汚く、
お風呂を必要としている状態でした。

そしてテディは、
時には周囲の人に不快な態度を
とることもありました。

その様子はあまりにもひどく、
トンプソン先生は、
赤ペンでテディの解答用紙に
大きな✖を書くことに喜びを感じることさえありました。

用紙には大きく「F」(落点)と書くようになりました……

トンプソン先生の学校では、
クラスの生徒の過去の記録を見ることが
義務付けられていました。

彼女は、テディの記録を見るのを避け、
一番の最後になってようやく手に取りました。


記録を読んだ彼女は驚きました。


彼の1年の先生はこう書いていました。

「 テディはとても楽しく、知恵のある子です。
彼は正確に作業をし、礼儀正しい子です。
彼といると喜びを感じます 」

2年の先生の報告はこうでした。

「 テディは素晴らしい生徒です。
クラスの皆からもとても好かれています。

でも、最近彼のお母さんの具合が悪く、とても悩んでいます。
家での生活は大変なようです 」


3年の先生の報告です。

「 お母さんの死は彼にとってとても辛かったと思います。

彼は一生懸命に頑張っているけれど、
お父さんはあんまり彼に関心を示していないようです。

何とかしなければ、彼は大きな影響を受けてしまうでしょう 」


そして4年の先生の報告を読みました。

「テディはいつも内にこもっていて、
学校に関心を示しません。

友達もいなくて、時々クラスで居眠りをします」


この4つの報告書を読み終えたトンプソン先生は、
何が問題であるかが理解できました。

そして、彼女は自分のこれまでの態度を
恥ずかしく感じました。


クリスマス会の日、クラスの生徒達が先生のために
沢山のプレゼントを持ってきました。

それは、
どれも美しい、華やかな包装紙で包まれていました。

テディの以外は。

テディからのプレゼントは、
茶色の紙袋に、
無造作に入れてありました。

トンプソン先生は、
心の痛みを感じながら、
袋を開けました。


その袋から、石がいくつか外れて、
無くなっているブレスレットと、
香水が4分の1入っている小瓶が出てきた時、
クラスの子供達が笑い出しました。

でも、トンプソン先生が、

「 まぁ、綺麗なブレスレットね!」

と言い、香水を手首につけると、
クラスの笑いは消えていきました。


その日のクラスの最後にテディは、
トンプソン先生のところに行き、

「 先生、今日の先生はお母さんと同じ香りがするよ 」
と言いました。


子供達が帰った後、トンプソン先生は、
1時間以上、机で泣きました。

その日から、トンプソン先生は、
国語、そして数学を教えるのを止めました。

代わりに、
子供達に本当の「 教育 」を始めました。

トンプソン先生は、
テディに特に注意を向けるようになりました。

テディに教えれば教えるほど彼は生き生きとし、
変わってきました。

励ませば励ますほど、
彼の反応は早くなりました。

そして一年の終わり、
テディはクラスの中でも上位の成績でした。

テディは、
クラスの中で賢い子達の一人になっていたのです。

トンプソン先生が、その1年の始めに、

「 皆を同じように愛しています 」

この嘘は、
意味が変わり、
テディは、
先生のお気に入りの一人になっていました。

1年経ったころ、
トンプソン先生に手紙が来ました。

テディからのもので、

トンプソン先生が今までの先生の中で、一番最高の先生!

と書いてありました。


それから6年が経ち、
テディからまた手紙が届きました。

高校をクラスの2番の成績で卒業出来た、
と書いてありました。

そして、
これまでの中でも、
やはりトンプソン先生が
一番の先生だったと書いてありました。


それから4年が経ち、
テディから手紙が届きます。

4年間辛いこともありましたが、
優秀な成績で大学を卒業する事になった、
という報告でした。

そして、
トンプソン先生は今でも
人生で一番の先生であると書いてありました。

それから、更に4年が経ち、
手紙が届きました。

大学を卒業してから、さらに大学院に行き、
頑張った事が書かれてありました。

今でも、
トンプソン先生が誰よりも一番の先生だった、
こう書いてありましたが、

今度は、
手紙の最後に書いてあるテディの名前が
少し長くなっていました―

テディではなく、
テアドル・F・ストダード医師と。

こう、サインされていました。


この話はここで終わりません。


その春また手紙が届いたのです。

テディは、
素敵な女性と出会ったと書いてきました。

そして、
その女性と結婚する事も書いてありました。

彼のお父さんが、
数年前に亡くなっている事を説明し、
親代わりとして、
トンプソン先生に結婚式に出てほしい、

と書いてありました。

先生は喜んで出席しました。

そして、
あの時テディからプレゼントされたブレスレットをはめ、

あの時にもらった、
お母さんと同じ香水を探し、つけて行きました。

結婚式で、涙ながらに…

そして、テディは、
トンプソン先生の耳元で言いました、

「 先生、僕の事を信じてくれてありがとうございました。
僕が大事な存在であること、そして世の中に
貢献できる事を教えてくれて感謝しています 」

トンプソン先生は涙ながらに言いました。

「 いいえテディ、それは違うのよ。
私にも出来ることがあると、あなたが私に教えてくれたの。
私はあなたが現れるまで、教えるという意味を知らなかったのよ 」


( 以上引用 )
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各紙の報道記事から ― 世界遺産・二条城と、ブータン王国へ。 確かな絆が始まる!

各紙を掲載いたします。
新聞の上をクリックして、拡大してお読みください。
まだの掲載紙もあり、後日追加いたします。




福島民報 10月23日 朝刊24面
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産経新聞 10月26日 朝刊 京都版
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朝日新聞 10月26日 朝刊 
201312_朝日新聞_960_560



読売新聞 10月26日 朝刊 京都版
201312二条城_960_681



京都新聞 10月26日 朝刊 京都・滋賀全域
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毎日新聞 11月4日 朝刊 近畿版25面
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朝日新聞 11月3日 朝刊 近畿版30面
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京都新聞 11月4日 朝刊 京都・滋賀全域24面
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滋賀・清掃奉仕の日に。幸せの国 ― 被災地支援されたブータン国王様のもとへ!

あなたは、若きブータン国王様の初来日をご記憶でしょうか?

国賓として初めて訪れた日本。
被災地慰問で映し出されるお姿や、各地での言動は、
日本中に感動を呼び起こしました。

あれから2年―
早いものですね、月日の流れは。


金閣寺をお参りされ( お知らせ・ニュース2011/11/19と29をご参照ください )、
別れる際に、
ブータン国王は、

有馬管長様を今度は、是非ともブータンへ―と、
ご招待をされたのでした。
管長様は、その場でお受けになり、
約束が交わされたのでした。


( あれから2年 )
―私は、約束は守ります。
1週間後の11月5日出発です―

ビッグニュースのお電話を、頂いてしまったのです!

頂いたのは昨日10月29日―
その日は実は、
1年に1度の、滋賀県内清掃奉仕の日、だったのです。


( 昨年は、多賀大社でした。kokorozen過去のバックナンバーをご参照ください )


今年は、イワナの生息する山奥、
静寂なたたずまいを見せる、永源寺という禅寺―

そこで黙々と、
曇り時々小雨の中、
滋賀県の奉仕団員89名と、

秋雨の中―
落ち葉拾い、掃き掃除。

ひたすら清掃奉仕に勤しむ―
真っ最中!

ですから、
知るよしもありません!
しかし、
それはご褒美のようでもあり、
ただただ、驚くばかりでありました。


素晴らしいニュースですから、速報致します。
2年前に交わした固い約束―
ブータン国王と、有馬管長との約束が果たされる!


その再会がいよいよ実現される。
それは、尊い事です。

しかし、あなたにお伝えしようとする驚きのニュースは―
別の話なのです。

それは、
ブータン国王に、
何と、


被爆アオギリの種を、
手渡してくださる!

突然の、
お言葉―

衝撃であり、
あまりの事に、嬉しさを突き抜け、
びっくり仰天しているのです!

もう、
感謝をどう申し上げたらよいのか、
表す言葉も見つかりません!

だだただひたすらに、
有り難うございます!

こう、述べさせて頂くのみです。




ブータン王国には、温暖な地方もあります。
特にそこでは、さぞかし、立派に、たわわに、
アオギリは実り育つでありましょう!



今回私は、ブータンへは参りません。
しかし、

夢を持ちたいと思います。

あなたといずれ、
ブータン国へアオギリを見にゆくツアーも、良いではありませんか!

ワンチュク国王陛下との謁見も、夢に見させて頂けるではありませんか!


私は決心している事があります。

世界に広がりつつあるこの動き、
昨年の3月は、エジプトシナイ半島へ参りましたが、
聖山から、アオギリの種を四方に蒔いたのです。


機は熟したと受け取りました。

初心を忘れず、これから更に精進して、
祈りを究める、
そのまっしぐらで行く―

心を堅固にしております。




10/31

まさか!
二条城から―
発展して行くとは……

二条城特集をする間もないではありませんか!

2年前―

あなたの心の中にも、幸せの国の国王様、
(イケメンは余計な事ですが)

各地でのお姿や言動のあれこれが、思い出される事でしょう!

まさか、こんな導きになるとは…

心から言える事は、
思い切って植樹式をやって良かった!
という事なのです。
苦労もありました。
しかし、

やはり、
行動から道が開くのです!
行いこそが、しあわせ・開運の一番大切な事なんだ。

あなたとの再確認となりましたね。

福島の人にとりましても、ブータン国王様の温かい思い出―
本当に嬉しいニュースでありましょう!

植樹に臨んだ会津高校生は、
やはり、使命があるのですね。


出発されるブータン国へは、テレビ取材の同行が予想されております。
さらに大きなニュースになって行くのかも知れません。



11/1

ブータン対応に追われております。
でも皆さん、
ご安心ください。

あの二条城での、福島・会津高校生及び京都・堀川高校生―
両校のメッセージは、
ブータン国王様に、
アオギリの種とともにお渡しされるのです!


メッセージについて、両校への打診は、30日水曜日の朝に為されました。
両校の決断は早かった。

即日、午前からとりかかり、
今日、金曜日には完成なのです。
実質、2日間。


見事なものです。
勇猛果敢な行動力!


さわやかな感動が、
胸いっぱいに広がっております。


思えば、
2年前の11月19日、
朝8時15分、

雨の降りしきる金閣寺―
ブータン国王ご夫妻はご到着なさったのでしたー


秋雨の金閣寺を背景に、
ご夫妻の間に有馬管長は、
蛇の目傘の中に入れて頂き…

スリーショット!!

日本国中を駆け巡ったのでした。

( 奇しくも私がブータンへのお言葉を頂いたのは、2年後の同じ秋雨の日でした )

お三人が、金閣寺で語り合われた事は、
次の通りです。


ブータン国王様は、
「 どこかでいつも争いが起きている。
仏教の力で、世界が平和にならないといけない 」

管長様は、
「 核のない平和な世界を 」

お言葉を向けられると、
国王様は、即座に同意され、


更には、ブータンへのご招待をご表明になりました。
管長様は、参ります―

こう約束しました、と―

約束は、必ず守ります、と。



思い出しております。
ああ、この事なんだなぁー、
この為に、ブータンへ行かれるんだー、
と。

間もなくの11月9日土曜日、お昼―
王宮訪問の折、
おそらく、世界平和・核廃絶がお話し合われる―
このように、拝察致しております。

さて、
当方では、
ブータン国王様へお渡しになる、
被爆アオギリの種を選別しております。

聖なるヒマラヤのブータンで、
芽吹くであろう種に、
語りかけます。


その数は 108 粒。


一つひとつを掌に載せ、
じっと見つめた後、
私は、お祈り致します。

一粒ひと粒が、
一人ひとりに見えます。

2つのグループに分け、
語りかけます。

「 あなた達は、しっかりとお役を果たすのです。
人々に、不死身の命の力を、絶対平和の意思を、

そして、絆と連帯の行動の促しを、
伝え続けるのです。
会いに必ず行きますからね。

約束です 」


ブータンの地で、
大地に根を張り、

天空へと伸び、
必ずや、使命を果たす事でしょう!



11/2

さて、ブータンへの、段取りをしていますが、
やはり、事務というのは大変な所があります。

最終締切の、昨夜夕刻、
一部書類に重大な問題があり、

それを補うには、
どうしても私が、
補足説明のお手紙を、
書かざるを得なくなりました。


完全に黒子に徹する。表には出ない。
この決心のもとで、させて頂いていたのです。
やむを得ません。

ブータン国王様へ手紙を作成するという、
重大な仕事が一つ増えてしまいました。


実行するしかありません。
何とか、
誠でやりぬくしかありません。



11/3

今日をもって、ブータンの件ですが、
私のお役は、果たさせて頂く事が出来ました。

今朝、陛下へのお渡しする一式を、管長様にお届けして参りました。

アオギリ、会津高校生の手紙等に合わせまして、
国王陛下に書状をしたためさせて頂く事となりました。

昨夜―
段取りをさせて頂いている最中、
ふと、
思い出しました。

あれは、
6年前でしたか―

ヒマラヤの山中に住む、
中国からの亡命リンポチェ達が信頼を寄せる聖者のもとに、
私も案内された事があります。

その聖者は、ブータン人で、
私の将来を予言しておりました。


思い出となった言葉です。
突然、
思い出したのです。

こうなる事は、
運命的だったのかも知れないー


私は、静かに心の中で合掌致しております。





http://profile.ameba.jp/aogirisatogoundo20131119/




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世界遺産二条城 ・平和の誓い  会津高校の皆さんをお迎えして 被爆アオギリ植樹式 概要

世界遺産二条城・平和の誓い 被爆アオギリ二世記念植樹式


事業趣旨
・東日本大震災を機に高まる「 絆 」の具体的発信として
・会津若松市・京都市「 相互交流宣言 」の一環として
・京都市非核平和都市推進事業の一環として
・平和市長会議加盟の目標「 2020年までの核兵器廃絶 」啓発事業として
・平成25年度NHK大河ドラマ・「 八重の桜 」プロジェクト協議会、関連事業として

発願者
・門川大作京都市市長

主催
・京都市・京都市教育委員会・遊悠舎京すずめ・被爆アオギリ里子運動関西事務所

開催日時、場所
・平成25年10月25日金曜日午後1時より
・京都市二条城に於いて

実施内容
・京都市市長と招待の福島県会津高校生徒21名、地元京都市堀川高校生徒代表6名等で、二の丸御殿唐門の前に於いて、鍬入れを行う。

意義
・東日本大震災を機に高まる「 絆 」、及び風評の払拭に、寄与出来る。
・2020年へ向けて、世界に果たす日本の役割として東京オリンピックが有り、その双璧と位置づけられる2020ビジョン( 平和市長会議 )の、具体的実践と言える。
・日英語による顕彰プレート設置により、国内外から訪れる観光客に向けて、継続した啓発が期待出来る。
・「八重の桜」に因み、更には、会津若松市・京都市の記念事業として、後世に伝える事が出来る。

プログラム( 約40分 )
・鍬入れ並びに、事業趣旨に基づき、メッセージ、アピール、宣言を行う。
・門川大作京都市市長
・会津若松市市長メッセージ ( 代読 )
・広島市市長メッセージ( 代読 )
・招待・福島県会津高校生徒代表
・堀川高校生徒代表歓迎の挨拶

・鍬入れ時には、広島からの参加者による、被爆樹クスノキ及びアオギリから作られた楽器、オカリナ演奏があります。




世界文化遺産二条城・平和の誓い
被爆アオギリ二世記念植樹式
                                     

式次第                         

13:00 京都市長歓迎の言葉      門川大作京都市長

13:05 広島市長メッセージ(代読)   広島アジア友好学院理事長
                    被爆アオギリ里子運動広島事務所代表
13:08 会津若松市長メッセージ(代読)
                  
13:10 会津高等校代表生徒メッセージ 学而出版委員会委員長

13:15 堀川高等校代表生徒歓迎の挨拶 生徒会長

13:18 記念品贈呈   遊悠舎京すずめ理事長 

13:22 被爆アオギリの説明      被爆アオギリ里子運動関西事務所代表

13:24 プレート除幕

13:27 植樹鍬入れ
    (同時進行)被爆樹によるオカリナ演奏 広島エムミュージックの皆様 
     
13:37 挨拶             元離宮二条城事務所所長 

13:40 記念撮影 終了

  

           

参考として、参加生徒の皆さんへお伝えしたい、左藤滋光の心のつぶやきを、書いてみたいと思います。
                                 


会津高校の皆さんへ
広島市役所で被爆アオギリ2世を2本お受けしました。
世界文化遺産・国宝二条城に植樹し、国内外に向けて、平和と力強い甦りを示す為なのです。

ここに、2020ビジョンという理念があります。
原爆投下後、広島には75年間草木も生えないという風評がまことしやかに流されていたのです。
ならば逆に、平和世界建設目標として示し変える。見事な逆転思考が、2020ビジョンだったのです。

風評が言う戦後75年間、それは2020年まで―
ならば、それまでに世界中から核兵器を廃絶しようではないか!
理念できり返そう!
この勇猛果敢な積極未来思考で、世界の良識をリードする立場を確立したのです。

会津高校の皆さん、
このビジョンが、私たちに与えるものは何でしょうか?
原発事故による負を、知恵と勇気をもって新しい福島建設の資源とし、
その覚悟の元での連帯ではないでしょうか?

力強い理念を皆で共有し、
希望と勇気をもって、未来の福島をつくっていこうではありませんか!

記念すべきその絆づくりとする植樹を、共に喜び合いたいと思っているのです。

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一般社団法人・日本自己啓発協会、設立の真意は?今後の展望を問う!

5月から、一般社団法人設立について、検討を始めました。

それは、大切な意味があるからです。
ご説明致します。

まず、
色々な方に、このホームページにご訪問頂いて、
ご関心を持って頂いております。

そして、ホームページ上に報告される、数々の出来事ですが、
ご関心を持って頂ければ、頂くほど、

活動の主体は、どこですか?
澄禅寺なのですか?
それとも任意の団体なのですか?
宗教ですか?
左藤滋光さんですか?


つかめないわけです。
規約もありませんし、
明確でないわけです。


おそらく今後、
活動が拡大して行くものと思われます。
曖昧なままにしていてはなりません。


国内外に向けての、情報発信も、増えて行くからです。


例えば、ブータン国を挙げてみます。
今後、平和的な行事や、その打ち合わせ等をさせて頂く―このように仮定した時、
未知なる相手との交渉で、
一番必要になって来るのは、何でしょうか?


何をおいても、信用力ではないでしょうか?
人の善意を利用しやしないか、

信用は、裏付ける人間性、信念と信条が必要です。
相手の発展と幸せに尽くす、終始一貫変わらぬ態度。

その上で、
―交渉させて頂ける証として、社会的な法人も許可されています―

また、
積み重ねて来た〝 忘己利他 〟
それが、信用実績というものではありませんか!

相手の立場に立って考えれば、
どんな場合でも、同じでありましょう!


そのようにして、
では、善いものを造って行きましょう―
やりとりは、進めるのではないでしょうか?


多くの方々に、安心して頂きます。
そのための条件としては、
営利を目的としてはならない。
信用出来る社会貢献を、積み重ねて行かなければなりません!


そこで、
方針を定めました。
申し上げます。
公益社団法人を、目指します。


公益社団法人とは、その名の通り、
非営利団体です。
だからこそ、社会の公益のために、一生懸命働けるのです。
そして、思想的に中立。
宗教的偏りというものもないのです。


だから、協力をご検討される方へは、
如何なる信仰をお持ちであろうと、お持ちでなかろうと、
どのような政治的信条をお持ちであろうと、お持ちでなかろうと、


その事によって、如何なる制限も、
如何なる強制も受けない、という事。
それが保証され、安心という事。ほかなりません!


ただ一つ、
世の為、人の為になる事に力を貸したい。
そして、良い心になりたい。

この志の下に、
この旗の下に、
活動を推進して参るわけです。



次に、
この取り組みに関わった御礼としては、

如何なる自己啓発、
如何なる成功哲学よりも、

高速でのしあわせ・開運力を、あなたに差し上げます。

アメリカに、マーフィー博士という方がいらっしゃいました。
キリスト教の牧師出身で、世界的な貢献を果たされました。

マーフィー博士は、
バックボーンとして、聖書がありました。
そこから、しあわせ・開運そして、願いを叶える、引き寄せる、自己実現等々を解き明かして参りました。
世の人の幸せと発展に、寄与したのでした。


私どもの場合は、どのように致しましょうか?


偉大なる、東洋哲学があるではありませんか!
そこから、
マーフィ博士のように、エッセンスを抽出し、
提供すれば良いではありませんか!
いわば、東洋版マーフィー理論で、
あなたの潜在能力を開花・発展させます。
そのように提供を展開して参ります。



ところがです!

実は、
公益社団法人は、設立したくても出来ないのです。

先にまず、一般社団法人を設立した上で、
その実績の精査を経て、昇格、認可されるものなのです!


法律に従い、一般社団法人を設立する事と致しました。
10月2日、法人設立登記は、京都センターに完了しました。

いよいよ、
未来への可能性がスタートした、こう申せましょう!


成長を何よりも望む、
意識の高いあなたへ。

事の次第と、
今後の展望について―

情熱を持って、お話しさせて頂きました。

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京都會津会 第108回 法要参列が、運命を―

京都會津会、第108回法要は、6月9日日曜日、厳かに執り行われました。


感動の出会いがありました。
詳しい様子は、次のアメブロ記事で詳細に知る事ができます。


冷めやまぬ感動レポートです。
早速、クリックしてご覧ください。




6月10日 嗚呼、~
こちらから、どうぞ。



6月11日 東京新聞~
こちらから、どうぞ。




6月12日 あなたは、支局長からの~
こちらから、どうぞ。




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岩波ジュニア新書 〝 被爆アオギリと生きる  語り部・沼田鈴子の伝言 〟

沼田鈴子さん本K3340029原寸大

沼田鈴子さん本K3340030原寸大


岩波ジュニア新書 〝 被爆アオギリと生きる 語り部・沼田鈴子の伝言 〟 定価903円
著者の広岩近広さんは、新聞記者・毎日新聞専門編集委員。
出会いから23年、その集大成。 渾身の一冊です!



昭和20年8月6日、朝の広島。

沼田鈴子さんは、
抜けるような真夏の青空を見上げた。

その時―
1個の爆弾が投下されていた。
それは原子爆弾―


閃光が炸裂、
一瞬の光を見た。


綺麗な光だった―と。


直後、
広島は火の海と化す。
一瞬にして焼き尽くし、破壊尽くす、悪魔の爆弾だったのだ―


鈴子21才、
崩れ落ちる廃墟の中、
生き残らせんため、のこぎりで片足を切断される!



命を繋ぎ留められた沼田鈴子…

そこへ知らされる婚約者の戦死。

新たに現れる求婚者の自殺。


公開された、原爆フィルムの衝撃!
アメリカ軍が、被爆研究のために写したフィルムに映る、切断された足を出す我が姿!


我が生を呪い、自死を乞い願う、絶望にとりつかれた日々。


沼田鈴子、乗り越え―
使命に目覚める。


この命、
被爆証言に捧げる!
我が命は、語り部になるべくして与えられたのだ!




世界へ向け、
被爆証言活動に捧げ尽くす。
87歳の生涯、閉じるまでの波乱万丈の人生。



戦争のない、核兵器のない、差別のない平和な世界を!


そして、
沼田鈴子さんは、
若者に向け、メッセージを遺しています。


「 知恵のある人になってください! 」


教育的良書です。
一家に1冊、ぜひお備えください。



沼田さんの伝言、
「 被爆者が高齢化しています。気持ちはあっても行動できません。
これからは若い人の時代です。たとえ、戦争の体験がなくても、事実を学び、
過ちを繰り返さないように伝えるのが、若い人の役目です 」





私には、使わなくなった携帯電話があります。
そこには、2年前の沼田さんからの伝言が遺されています。
再生すると、

何時でも、語り部・沼田鈴子さんの、信念と慈愛に満ちた、明らかなる声が響いて参ります。
ご希望の方には、何時でもお聞かせ致しましょう。


また、アメブロでトピックスを発信しました。
転載します。クリックしてみてください。

 こちらから、どうぞ。








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山田忠文さんを偲ぶ 広島の集い

被爆アオギリ里子運動広島事務所、
山田忠文さんが亡くなってから、早いもので100日が過ぎました。
3月16日、有志による偲ぶ会が開かれ、お別れを惜しみました。


思い起こしますと、
私が山田さんと最後のお別れをしましたのは、昨年の11月30日昼でした。

広島市内の入院先にお見舞いに参り、お話しをする事も出来ました。
個室に入られていましたので、率直なお話しが出来たものと思います。

被爆アオギリ里子運動は、三木豊さんという方に引き継がれるという事、
お贈りした 『 ガンが逃げ出す生き方の本 』 は、良い本で有り難いという事、
そして、 「 家族に看取られて昇天します。それは、知らせません。でも、新聞社に知られるかな…… 」 と話され、

その言葉を受け、私は即答しました、
「 分かりました 」 と。

お約束と思い、それで山田さんの死去の公表は、ひかえました。


病室を出る時、山田さんは、スっと手を差し出され、握手を求められました。
確かな握手で、お応えしました。
爽やかなお別れとなったのです。

その4日後に亡くなりました……


山田さんは、本当に、感情的に穏やかで、温厚で、どちらかというと、機嫌の良い方でした。


さて皆さん、
そもそもの、この出会いは、どのようにして生じたのでしょうか?


本当に不思議な出会い方をしているのです。
お話致します。

私心というものが全くなく、引き合わせられた、これが正直なところなのです。

2008年10月2日、
アオギリ紀行、
この本によって出会う事になるのです。

Jiko和尚の心・kokoroの日記(10月‐1)を検索すると、
詳細な事実関係がお読み頂けます。


この時、菊池孝さんという、千葉県在住の税理士さんが、私に依頼するのです。
広島に行くので付き添いで来て欲しい、と。


この話しによって、同行をする事になります。( 完全手弁当なんですよ! )
広島市の被団協という事務所にも出向いたのです。

その帰り際に、壁側のガラス張りのショーケースに、1冊の本が立てかけられており、
気がつかないまま素通りしようとするその一瞬、
何と私は、
眼が合った、バチッと!!


それから、
このドラマは始まる―

出会いは、神秘の領域に入る。
神のみぞ知る―というところでしょうか?


詳しいお話しは、過去のページを検索して、じっくりとお読みください。


山田忠文さんの後は、三木豊さんが引き継ぎました。
ご安心してお見守りください。


偲ぶ会のようすは、下記をクリックしてご覧ください。


 こちらから、どうぞ。




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京都、清水焼の陶器神社、源頼義 創建・千年の若宮八幡宮に、被爆アオギリ植樹

2月24日、昼1時30分~3時30分
京都市五条にある若宮八幡宮に於いて、第73回京すずめ学校が開かれました。


若宮八幡宮は、千年の歴史があります。
建立は、平等院鳳凰堂と同じ年の平安時代末期です。

源頼義の創建のため、
武士の神様としても名高く、押し寄せる参詣者で賑わったとのこと。
千年の歴史が織り成す、興味の尽きない数々の物語ドラマ、

さらには、
地元東山の変遷について、見聞きされて来たこぼれ話し等、
宮司様は、わかりやすく丁寧に、講話くださいました。


引き続いて全員で、
境内地にて、
被爆アオギリ2世の苗木2本を、記念植樹致しました。


さて、五条坂には、
清水焼の店がたくさん並んでいます。
若宮八幡宮は、その清水焼の陶器神社なのです。

日本最大の陶器まつりは、ここで開催されます!
毎年、
8月7日~10日
朝9時~夜11時まで。

掘り出し物を期待して、
全国から、観光客が押し寄せます。

そうだ、京都行こう!

こんな、鉄道会社のコマーシャルがありますが、

その通りの、京都を代表する夏の風物詩です。



宮司さんにお話しして、
神殿前に提灯を奉納しています。
すでに、5人の方が提灯奉納され、
ご神徳を、引き立たせています。

京都記念にもなります。
あなたも、ご寄進は如何でしょう。

皆で京都に来る時の立ち寄りスポット―楽しみにもなりますね。

お問い合わせは、
このホームページまで。



 こちらから、どうぞ。




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植樹された対のアオギリです。それぞれ名前が付けられています。
奥側は、すずめさん、手前は、キヨミズトーキくんです。
今後とも二人を、どうぞ宜しくお願い致します。

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京都センター、近日堂々オープン!!1/22 行動から道が開く実例です。

突然ですが、皆様に朗報です。

有り難いお誘いを頂きまして、急展開致しました。
京都市のド真ん中に、センターが開設される事になりました。
地下鉄四条烏丸駅からですと、数分です。
( 京都駅からのスタートですと、センター入室まで、10分とかかりません! )

場所は、
〒600-8413
京都市下京区烏丸通り佛光寺下がる大政所町680-1 長谷ビル2F 
京都センター 左藤滋光


ハイテクの24時間稼働インテリジェントビルがあります。
その2階に、
有り難いお誘いとご好意を頂きまして、センターを開設する事になったのです。


名称は、〝 京都センター 左藤滋光 〟 と致しました。


皆さんもそこへ、
郵便、宅急便を出されてもお受け出来ます。チルドもいいんです。
びっくりしたでしょう!
ここをまずは、皆様との面会、個人指導、事務のセンターと致したいと思います。


オープンは12月16日( 日 )

16日からの始動です。
お越しになる方は、メールかお電話で、事前にご希望の日時をお知らせください。
調整し、お会いしたいと思います。

また、今後の活用につきましては、アイデアを出し合って、有り難く、嬉しく、より良い方向へ進めて参りましょう。






2013年1月22日


一昨日の事ですが、
関西のメンバー等6名に、
京都センターにお越し頂きました。


セミナールームや、談話室、
キッチン、フリースペース、
そこから見える烏丸通り、八坂大神等、
実際に、手で触れてみたり、使ってみたり、眺めて頂き、体感もして頂きました。



皆さん、
とても喜ばれ、和気あいあいのうちに、過ごしました。



そして、昨日、
その様子を撮った写真を、拝見したのです。
スナップ写真ですよね。


見ると、キッチンがすごいですよね。
発見しましたよ。



これが、やはり現実なんですよね。
現実にやってみると、思いもよらなかった発見、気づきを得るのです。


色々な気づきが出て来るのです。
ここなのですね。



アイデアが出てくるわけです。
ハーブティーのお茶のもてなしをしようかとか、



色々な使い方、活用が出て来たんですね。
予想では、思いつかなかった事です。
豊かなあり方が、生まれて来ました。

そして、まだまだ出て来そうです。


やはり、
行動から道が開くって、本当なのです!



行いに踏み出したから、



思いもよらなかった豊かな発想とか、
みんなの喜ぶ使い道が出て来ました。


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『 第1回全国高校生 伝統文化フェスティバル 』 開催  安積黎明、橘、福島西、須賀川、光南、白河旭、附属昌平の皆さん歓迎!

文化祭たけなわの秋に、注目のフェスティバルが企画されました。


初めての音楽祭で、その名も、

『 全国高校生 伝統文化フェスティバル 』

京都で開催されますが、福島県からは、
名実ともに日本最高峰の名門合唱団、

安積黎明 ( あさかれいめい ) 高校合唱団、が来京。

また、吟詠剣詩舞という伝統文化の部では、福島県内の10校の生徒が熱演します。

鑑賞入場券は、今ならどなたでも入手出来ます。


それらを含めての詳細は、
パンフレットをご覧ください。


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全国伝統文化フェス0002_640

→ PDFファイルではこちら  

※ 安積黎明高校 全日本合唱コンクール全国大会において、1980年から32年間、連続金賞受賞。
文科大臣賞を通算24回受賞。
10月27日鹿児島県での開催 〝 第65回全日本合唱コンクール全国大会 〟 では、
金賞+鹿児島県教育委員会賞 ダブル受賞。


また、
橘~東日本国際大学附属昌平高校は吟詠剣詩舞という伝統芸の披露。

心から歓迎致します。






12/16

フェスティバルの報告です。アメブロから。

 

さて、
熱い思いが今ここに!!


『 全国高校生伝統文化フェステバル 』
京都で初の開催となったのでした。


日本音楽部門、吟詠劍詩舞部門、郷土芸能部門の三部門
全国から選び抜かれた高校生が出場したのでした。


私が感動したのは、
大会の最後での、全員の大合唱でした。


震災にまみれた仲間への思いは、決して忘れないという事。
手を取り合って、仲間を置き去りにする事なく、

揃って、未来へ進む!


高校生たちによる、
揺るぎないアピールでした。



そこで選ばれたのが、
18年前の阪神淡路大震災の時、
神戸で口ずさまれた歌だったのです。


あなたにも贈ります。



「 しあわせ運べるように 」


地震にも 負けない 強い心をもって

亡くなった方々のぶんも

毎日を 大切に 生きてゆこう


傷ついた 「ふるさと 」 を 元の姿にもどそう

支え合う心と 明日への 希望を胸に


響きわたれ ぼくたちの歌

生まれ変わる 「 ふるさと 」 のまちに


届けたい わたしたちの歌

しあわせ 運べるように


地震にも 負けない 強い絆をつくり

亡くなった方々のぶんも 

毎日を 大切に 生きてゆこう


傷ついた 「 ふるさと 」 を もとの姿にもどそう

やさしい春の光のような未来を夢み 



届けたい わたしたちの歌 

しあわせ 選べるように




A2012年12月18日頑張ろう・復興の日まで50



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被爆クスノキ観音・総括 歩み総まとめ ― 中外日報と民友 ―

被爆クスノキ観音は、8月21日、めでたく奉納されました。
始まりから、約9か月間のお付き合いでした。
これよりその歩みを振り返り、総括して、締めくくりたいと思います。


昨年の秋、

被爆クスノキで観音像を彫上げ、京都に奉納したい、
この発願が、広島より打診されて来ました。


それを受け、11月28日に、
仏師 中西平三さんの申し出をお伝えする為に、相国寺・有馬賴底管長様へ、ご説明に参上しました。
( 詳細はお知らせ・ニュースの11 / 11 / 29をご参照ください )

事情をお話し致しました。お聞き頂いたそのご返事は――
お受けくださると!


ご承諾を頂けたのです。( 朗報です。 私はすぐに電話で広島へ伝えたものでした )


GOサインのお言葉が頂けた!
有り難い事です。
こうやって、この物語は始まったのです。



年改まった新春1月26日。
仏像制作の中西さんたち3名が、京都に参りました。
管長様にご挨拶する為です。
まだ一度もお会いした事も、お話しした事もありません。( かなり無茶な運びかも!? )


昼1時、相国寺内、承天閣美術館でお引き合わせです。
この時、被爆クスノキ観音仏制作と奉納の件――
初対面の場で、双方による申し合わせが、初めて為されたのでした。
このようにして、本決まりとなったのです。


その後広島では、順調に制作が進んで参ります。


中西さんからは、制作状況を知らせる熱心な手紙が、写真や添付資料を付けて、幾つも送られて参ります。



5月。進捗具合を見計らって、寄進したいとは言っても、その費用負担は大変ではありませんか、と。
ならば、広く呼びかけて寄付を募りましょう、このように支援が申し合わされたのです。


趣意書を作成し、その願主に、有馬賴底管長様のお名前が冠されました。


その趣意書の発表は、

6月8日昼1時。
広島市役所の11階にある記者クラブにて、
記者会見を兼ねて行われました。

被爆クスノキ観音像を世に出す事と、その啓発運動についてを発表しました。
出席者は、中西さんご兄弟、山田忠文さん、そして私、計4名でした――
広島より発信されたのです。





そして、8月21日。
ついに、開眼法要の日を迎えたのでした。




以上を、
事情をよく知る宗教界の権威紙が、詳しく報道しています。
全国紙・中外日報 ( ちゅうがいにっぽう )の、詳細に裏付けされた記事と、福島民友新聞でお伝えします。




中外日報 8月23日  第1面掲載
中外日報 8月23日  第1面掲載



福島民友新聞 告知記事 8月19日朝刊 社会面
福島民友新聞 告知記事 8月19日朝刊社会面



福島民友新聞 8月22日朝刊
福島民友新聞 8月22日朝刊







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銀閣寺様のアッと驚く計らいは! 安積高校 福島民友、民報で、感動は県民に!

指揮の先生は、禁断の銀沙灘に?!

7月29日、日曜日。朝の8時30分、銀閣寺に到着した、福島県立安積高校合唱団。

そして9時過ぎ、総勢46名は本堂に於いて、日本一の鎮魂歌を、奉納致しました。



アッと驚く光景としては、

銀閣寺様の特別な計らいで、何と、合唱部顧問の鈴木先生は、禁断の、あの――
銀沙灘に――


何と…


入って、



指揮を執ったァーッ!




目が点!




聴衆は釘付け!




日本一の歌声は、
東山中に響きわたり、そこここで、感動感激の言葉が飛び交っていました。


例えば、銀閣寺拝観受付の、ある職員の方は、
そば近くまで引き寄せられ、其処で聴き入ってしまった、との事。

またあるベテラン管理職の方は、
「 こんなに感動したのは初めて 」

涙を浮かべ、心情を吐露されました。

心に染み入る事、
他の比ではありません!


私も全く同じでした。
本当にそうなのです!

本当に、やって良かった!!


福島の高校生の皆さんの、使命に生きようとする姿勢。

私は、その賛同者として、
今後もお役に立たせて頂く所存です。

関係者の皆さんへ。
本当に有難うございました。


銀閣寺の歴史初。 極めつけは、銀沙灘上!
圧倒致しました。


高校生の合唱、その歌声による慰霊は厳粛に――
衝撃的だった。



その感動を伝える、福島の新聞を早速お届けします。
( 京都新聞をはじめとする全国の地方紙でも報道されています。参考まで )

写真も素晴らしいので、じっくりとご覧になって、味わって見てください。





福島民友新聞7月30日朝刊
写真の上をクリックすると拡大出来ます。
中央右端に、和服姿の京都市長さん、4人目にモスグリーンの私が小さく写ってます!

安積高校合唱団銀閣寺1



福島民報新聞7月30日朝刊安積高校合唱団銀閣寺2



( バックナンバーは、お知らせ・ニュースの11/08/16福島民友新聞・特集 の検索でどうぞ )


京都新聞7月30日朝刊
京都新聞2012年7月30日安積高校合唱銀閣寺150%


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ヤッター! 若葉小は国会に。あのアオギリは!


彦根のイデハヤタ隊員 ( 元若葉小学校の教頭先生 ) から、メールが参りました。

30日、31日と続いたこども国会。
こども国会議員150名、その内の1人が彦根の若葉小学校児童でした。

あの国会で、大活躍をしたとの事です。

まず、国会で元同級生、( 現在いわき市の小学校に通っています ) と合流。
その子は、昨年何ヶ月間か、避難生活を送る為、彦根で学びを共にしたわけです。
その後、福島に戻りました。

その子に、昨年一緒に種まきし、大きくなったアオギリを手渡した、と。
( どのようにして育てられたかは、写真de特派員11/05/18と11/04/23を検索クリックして、ご覧ください )

そのアオギリをいわき市に持ち帰り、在籍する小学校で、これから記念植樹をするとの事なのです。


また、国会を訪れた若葉小学校の校長先生共々に、衆議院議長公邸に、更には、参議院議長公邸までにも、持参した2株のアオギリを、記念植樹を行うとの事なのです。

すごいですねぇ。やりますね。


更には、別のルートなのですけれども、イデハヤタ隊員の恩師の先生が今、苗をベトナムへ持って行ったとの事なのです。




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レクイエム・安積高校 ( 福島県立 ) 合唱部による、 について

福島県立 安積 ( あさか ) 高等学校の合唱部―それは、男声、女声、混声の、3形態をとる歌声なのです。
とりわけ、聴く人を魅了しています。

この3形態―とれる合唱団は、全国でも数ありません。
全国で、貴重な存在なのです。

さらには、
平成22年度の全国大会での混声の部・金賞
文部科学大臣賞 ( 日本一 ) 受賞

平成23年度の全国大会での混声の部・金賞 ( 2年連続受賞 )



この歌声の彼ら、
京都にやって参ります。

歌います!

銀閣寺のご本堂でも!

お参りの後、レクイエムを奉納するのです。
季節は、お盆を迎えようとしています。

先の大戦の慰霊・東日本大震災の鎮魂、全ての供養を、奉納歌で!
それは、総勢45名と聞いております。


あなたも、叶うなら、身近で聴いてみたいと思いませんか。



日時は、7月29日 ( 日 ) 朝9時ごろ 銀閣寺本堂にて   

曲目  
「 とむらいのあとは( 信長貴富 ) 」
「ふるさと ( 岡野貞一 ) 」

の2曲です。
     
通常通りの拝観によって、境内でお聴きになる事が出来ます。
その場所ですが、本堂前は拝観の道すがらなので、そこで立ち止まらないでください。
東山に響き渡りますから、静かにお聴きになれる場所を別に決められて、心でお聴きになられてください。
     
( 合唱奉納の後、昨年の終戦記念日に植樹した、被爆アオギリとの対面があります。大きくなりました )



ご参考まで、7月28日の発表会についてお知らせします。
これは、招待されての合唱の披露です。曲目は別です。
     
日時:7月28日 ( 土 )  午後2時より。
会場:京都府立府民ホール アルティ
      
京都府高等学校芸術文化連盟25周年記念発表会

( ご希望の方は、主催者のホームページよりお問い合わせください ) 


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小学生が ( 彦根市の若葉小学校 ) 国会議員に!!

はい、確かに国会議員になります。

小学生が、あの若さで、
すごいですね。

何てったって、まだ、11才位なんですからッ!

その名も、
こども国会議員といいます。

滋賀県彦根市の若葉小学校―
昨年、アオギリの種まきを5年生の児童とベトナムのドクさんと致しました。

その子供たちは6年生になりました。

今月15日、授業2時間分を受け持ち、お話しをする事になっています。

飛び込んできたニュースはこの事ではありません。
昨年福島県いわき市からの避難児童を受け入れ、
その子がいわき市に帰った、と。

一緒に植えたアオギリ、芽を出したアオギリを持って、
その子を訪ねて、いわき市立泉北小学校へ行く、と。

皆で力を合わせて、困難を乗り越え、友達を大切にしていくその姿。
感動を呼び、こども国会議員に選ばれた! というのです。

これがニュースです。
夏に、参議院国会で開催される、こども国会。

その国会議員150人の中に選ばれた!と。

今国会で、感動を呼んだ活動が発表されます。


子ども国会50

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福島の皆さんに愛されて!

アオギリの植樹と、タイムカプセルの埋設。
このセレモニーは、福島からニュース発信されました。

福島の皆さんに愛されて!

私たちは、ふくしまから はじめさせて 頂きます!


福島からのニュースをお届けします。

福島民友新聞 3月22日朝刊

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福島民報新聞 3月24日朝刊imgfukushima162_960_766.jpg



福島民友新聞 3月26日朝刊imgfukushima161_960_1013.jpg



朝日新聞 福島版 3月28日朝刊imgfukushima163_960_448.jpg


毎日新聞 福島版 3月25日の記事。次をクリックするとリンクします。
東日本大震災:復興を願い 被爆アオギリ、浄楽園に植樹 /福島


デジタル版朝日新聞、全国版3月25日朝刊に、動画付きで報道されています。

追伸
ふくしま総文公式ホームページ   と検索されてください。
総文タイムカプセル  というページで、写真と解説、動画がご覧になれます。
福島に受け入れて頂いたのです。
そして愛されて!

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